Cross Talk2

患者さんから教わった、
医者にとって大切なこと。
中堅

MEMBER

  • 横道 憲幸 先生
    婦人科医長
  • 三浦 彩子 先生
    婦人科医長
  • 近藤 亜未 先生
    婦人科医長

仲良し同期3人組、それぞれの歩み。

みなさんは、普段からあだ名で呼び合っているんですか?
三浦

患者さんの前は別ですが、裏ではあだ名で呼んだりすることも多いですね。私は旧姓が吉田だったので「よっちゃん」。

近藤

私は、「あみちゃん」だったり、たまに「アミーゴ」って呼ばれたり。

横道

僕は……「ポコちゃん」ですね。なんでポコちゃんになったのか思い出せないんですけど(笑)。

三浦

ポコちゃんは、私たちだけじゃなくて後輩や看護師さんたちからもそうやって呼ばれているよね。すっごく浸透してる。

近藤

親しみやすいキャラクターだからね。面倒見もいいし、後輩から一番好かれてると思うよ、ポコちゃんは。

横道

まぁ、医局の雰囲気が良くなるなら、イジられてもOKです(笑)。

中堅のドクターは何人ぐらいいるんですか?
近藤

中堅って、どこまでのキャリアの先生を言うんだろうね。

横道

僕たちが入局して13年目になるから…。

三浦

人数にすると難しいけど、本院・分院の4分野、それぞれに中堅ぐらいのキャリアの先生はいるかな。もう少しいてくれても助かるけど。

近藤

私たちぐらいの世代が人数的には少ないんだよね。自分で状況判断ができて、自ら手を動かせて、後輩も指導できる、って感じの中堅メンバー。

横道

まさに、中間管理職のような。求められている役割は、本院も分院も変わらないよね。僕がいま勤める西部病院でも、外来やオペをやりつつ、後輩に教えたりとか。分院の方が人数が少ない分、自分でやらなきゃいけない範囲は広いけれど。

三浦

市中病院とかって個人プレーがメインになるけど、大学病院はある程度、臨床と教育の役割分担ができるのがいいところだよね。

横道

そうだね。自分で学びを得ながら、先輩からも教えをもらって、育っていける。育成や成長の話でいくと少し話が変わるかもだけど、二人は取得が難しい婦人科腫瘍の専門医も取ったしね。

三浦

あみちゃんと一緒に頑張ったからね〜。4年間みっちりトレーニングしたもん。たくさん手術して、論文も書いて、試験勉強もして。あの頃は、大学にずっといた感じだよね。

近藤

そうそう、大変だった。そのころ、ポコちゃんも国立がんセンターで研究に携わっていたよね。

横道

2年間、マウスを使った細胞の培養をやったりとか。まぁいろいろ経験させてもらったけど、研究施設っていうのは上には上がいるなって感じたね。要するに天才みたいな人がたくさんいて。外の世界を見れたからこそ、自分ができること、やりたいことがわかったかもしれない。

近藤

確かに、いろいろ経験してキャリアを重ねてこれたから、自分たちにしかできないことが明確になってきているかな。

横道

中堅っていうのは支える立場だから大変な面もあるけれど、経験が実を結んで、面白くなってくる年代だよね、きっと。

たくさん失敗して、僕たちは医者になっていく。

若手の頃と今を比較すると、何か変化などありますか?
三浦

若手の頃は叱られることも多かった。「こんなに頑張っているのに何で…」って辛さはありましたね。でも、いざ自分が当時指導してくれた先生ほどの年齢になったとき、若手の仕事を見てみると、言われたことと同じところが気になってくる。

横道

「あのとき言われたことって、こういうことか」ってわかるようになったよね。きっと、みんなが通る道なんだけど。でも、若いころは経験が足りないから、わからなかったりするんだよね。

近藤

いまは、どういった場面で指導したりする?

三浦

たとえば、産婦人科って外科系の領域も多いから手術がしたくて入ってくる子も多いでしょ。その子達が口では「オペをやりたい」って言いながらも、事前の準備を怠っていたりするときとか。ほんの少しのミスや判断の遅れで、お母さんや赤ちゃんの命を危険に晒すこともあるし、秒単位で取り返しのつかないことになったりするから、その覚悟を持って患者さんには接しなさいと。

横道

あ〜あるよね。僕は、術後の患者さんへ適切なフォローがなかったり、患者さんに対する接し方が気になったときとか。

近藤

あ〜それもあるよね。患者さんやご家族とのコミュニケーションの大切さは、若手のときから何度も言われてきたけど、ほんとに感じる。

三浦

患者さんもご家族も、手術が成功してもやっぱり不安は大きいと思うから。オペで病気が良くなったとしても、心のケアというか、ちょっとした心遣いで関係性は変わってくるし。

近藤

定期的に病室まで患者さんの様子を見に行ったり、傷口を確認したり。当たり前だけど、そうした一つひとつの行動がどれだけ大きな信頼につながるか。先輩とかに叱られながら学んでいくものなんだけどさ。

横道

僕たちの頃もそうだったけど、忙しくても先輩がしっかり見てくれるっていうのは、マリアンナのいいところだよね。ところで、二人は特に覚えている失敗ってある?

近藤

それこそ、患者さんとの接し方や伝え方で「うまくできなかったな…」「もっとこうしてあげたらよかったな…」って思ったこと。それは数えきれないほどあるよ。

三浦

私も。自分がやっちゃったことを後悔して、当直室で泣いたこともあるし。

横道

そういうものだよね。失敗をいかに学びにつなげられるか。酸いも甘いもたくさんの経験を繰り返して、僕たちは医者になっていくんだと思う。マリアンナは、いい意味でたくさん経験できる機会を与えてくれる環境だと思うから。

どこまでも、人に向き合う仕事。

これまでに、印象に残っている仕事はありますか?
横道

僕は、産婦人科の中でも腫瘍をやりたいなと思った出来事だね。若手の頃だったと思うんだけど、がん検診にひっかかった妊婦さんがいて。その後の細胞検査の結果、前がん病変だったんだけど。

三浦

前がん病変っていうのは、一般的に増殖速度が緩やかで、浸潤や転移を起こさない状態だね。

横道

僕もそう思っていたんだけど、経過を見ていく間にみるみる症状が進行して、子宮頸がん合併妊娠になってしまった。このまま週数を重ねるとお母さんが亡くなる可能性もあるし、最終的に赤ちゃんを助けるのか、子宮を摘出するのか、どちらを優先するのかという話になって。もちろんお母さんは「我が子を産みたい」ということだったので、抗がん剤治療を施し、妊娠28週目に帝王切開で赤ちゃんを出産。その数週間後に子宮を摘出する大きな手術が行われたんだよ。

近藤

それで、お母さんと赤ちゃんはどうなったの?

横道

母子ともに助かって、無事に退院することができて。そのとき思ったのが、お産だけでなく、がんに対する知識や管理ができないと広く患者さんのケアに携われないんだなって。それから腫瘍の道に進もうと思えたし、それがいまのキャリアにつながっていると思う。

近藤

腫瘍って、キツイとか大変って思う人もいるみたいだけど、やりがいのある仕事なんだよね。よっちゃんは、記憶に残る仕事って何かある?

三浦

たくさんありすぎて選べないかも…。具体的なエピソードではないけど「産婦人科になってよかった」って思える瞬間は、患者さんと信頼関係を築けたときかな。患者さんの中にはベテランの先生に診てもらいたいって方もたくさんいらっしゃるからさ。

横道

産婦人科は、他の科よりも若くして主治医になったりするからね。

三浦

腫瘍の現場でいうと、外来ではじめて会った日から、検査して、何かあれば手術して、抗がん剤で治療して。一生懸命に向き合っていくと患者さんも私のことを信頼してくれる。すると最初はベテラン先生を希望していた患者さんも「私の担当が良い」って言ってくれるようになる。それが嬉しくて。

近藤

私も同じようなことかも。患者さんから嬉しい言葉をかけてもらえると、もっと頑張らなきゃって思えて、チカラが湧いてくるよね。関係を築くって話でいくと、婦人科の患者さんって私のお母さんとかおばあちゃんの世代が多いから、患者さんも私たちのこと娘みたいな感覚になって。果物とかおにぎりの差し入れをくれたり。

横道

マリアンナが位置する地域性もあるんだろうけど、ありがたいよね。

三浦

あと、がんのステージが深刻な患者さんと接するとき。できる限りの治療を施すんだけど、それでも最終的に治療方法がなくなったとき、どうしても患者さんに告知をしなければならない。すごく辛い瞬間なんだけど、患者さんやご家族がしっかりと受け入れてくれて、「最期は先生に看取ってほしい」と言われることがあって。想いは、ちゃんと伝わっているんだなって。

横道

患者さんやご家族との関わりを通して、僕たちはたくさんのことを学び、成長することができる。常に想いを持って接していきたいし、後輩たちにも大切にして欲しいと感じるところだよね。医者の仕事は、どこまでも人に向き合う、コミュニケーションの仕事だから。